3 オルタナティブな「抵抗」
主流に対する抵抗から〈もうひとつのあり方〉へ
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阿部
この辺り、石井さんの問題関心領域と重なってくるように思います。どうでしょう。
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石井
地方創生の局面については、いかがでしょうか。私は山形県最上地方の町にルーツがあり、最近このテーマについて関心を高める機会が増えてきたんです。地域の未来を考えるデザインスクールやワークショップに参加して、事例を学んだり、町の人と議論したり、新たな目で町と関わる方法を試したりしています。去年、中野さんや安西さんが企画された新ラグジュアリーの講習会1で学んだことを生かし、次はより具体的に何かに取り組んでみようかなと考えています。人の魅力や町の良さを「誰に」伝えるかと考えた時、地域の方のお話を聞くとただ「大勢に」来てほしいわけではない...。1国内外の講師による、「新ラグジュアリー」をテーマとした講習会が過去に開催されている。
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中野
そうですよね。
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石井
「分かる人」に来て欲しいと考えていらっしゃる、自分たちも気持ち良く暮らしていきたい。商業化を一気にしたいわけではなさそうなのです。誇りが持てて、またこれから100年200年と続く、人口減少で困っている町を、その良さが分かる人にとって心地いいものとして残したいという、そこに尽きる感じがするので。私が思ったのは今回の新しいラグジュアリーに共感した人が、良いオーディエンス、それを「関係人口」というそうなのですが、ローカルと一緒に関わっていくっていうことがすごく大事で。一過性のトレンドを作ることは彼らにとって嬉しいことではないんですね。
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中野
雪国観光圏の方もまったく同じことを仰っているんですけども、オーバーツーリズムはもう...、
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石井
望まれていないですよね。
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中野
価値の分かる人たちに来ていただいて、地域とよい形で交流するようにしたいと。だからホテルを12軒ぐらい、雪国観光圏として展開しているんですけど、そのなかのひとつ「ryugon」に関して言えば、ホテル自体が時々町の人と交流できるような場にもなっていて。これまで雪国の人が面倒くさいなと思っていた雪下ろしも、意外と観光客の人が喜んで写真を撮っていくんだそうです。(笑) そのことによって、雪国の人達がこれおもしろいことだったのかと再発見するらしい。意味の交換みたいな、発見の交換みたいなものですね。ryugonではあえて雪が入ってくるように廊下の壁を取っちゃったんですよ。これ大変じゃないかと思うんですが、雪国の生活の感覚が分かるっていうことで好評らしいです。
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中野
これまでの発想の逆ですね。観光客に対して、雪は嫌だろうと思って雪の大変なところを隠していたのを逆に見せることにしたら、かえってよかったという。このようにツーリズムも関わってくるんですね、新しいラグジュアリーっていうのは。これまで「ラグジュアリーツーリズム」というと、一晩10万以上の宿で、一回の滞在で100万円以上ポンポン落としてくれる客を呼べるような施設を作れみたいな話だったと思うんですけれど、新ラグジュアリーのツーリズムではそのような考え方とは距離を置きます。地元の方と、観光客として来た方が、コミュニケーションをとって、お互いに新しい視点を獲得し合うっていうようなツーリズムを想定しますね。
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阿部
インバウンド自体方向性が変わってきていて、マスマーケットにプロモーションを大量に流して、流動的な消費者に一人でも多く来てもらって、お金を落としてもらうという発想、いわゆるPL(Profit&Loss)というか、フロー的な考え方が、ストック的な方向に変わってきているんでしょう。やっぱり方向転換が必要で、その方向転換の先に例えば雪下ろしだとか、まあ北海道もやってますからね。(笑)
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中野
お互いに視点の交換ができる、質の高いお客さんに来てほしいと、受け入れる側も変わってきていますし、行く側も、もう今さら同じような規格のホテルに泊まりたいとは思わないし、受け身の「観光」をしたいとも思わない。やっぱりどれだけ地元にずっと根付いてきたものをいかに良い形で体験できるか、新しい物の見方を獲得できるか、というところを期待して行くんじゃないでしょうかね。
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石井
私が関わった町は高齢化が進んでいますし、自動車あっての暮らしですし、町の中に人が歩いてない状況でした。観光客目線で見ると、ここ大丈夫かな、と心配になります。ただ、町に住んでみたら実際は違うかもしれません。そしてラグジュアリーは、ひっそりとこう家の中で充実した時を過ごしている時間のなかにもありますよね。最近読んだお茶と日本人の本は文人茶について書かれていたのですが、いわゆるお茶会のもてなしの茶道の系譜とは別に、自分だけの満足のためにひとり非日常な世界観に浸る文人のお茶の系譜があると。そういう世界とも新ラグジュアリーは親和性があるんじゃないでしょうか。参考: 佃一輝『茶と日本人』世界文化社(2022)
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中野
日本の茶の湯文化的な。
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石井
プロダクトを売るビジネスでは、ターゲットの課題を速やかに解決する商品を使って幸せになっていただくというストーリーが主流ですが、一方で、金継ぎだとか、お直し文化に見られる、今ほどもののない時代に培われた感性を通して経年変化した「もの」をアップデートする行為に、忙しい日常を送っているせいなのか、時代なのか、自分たちの年齢によるものなのか...。いろんな面で魅力を感じる人が周りに増えています。
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中野
そんな流れは出てきてますよね、日本に合うんだと思います。昔からそういう考え方が。
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阿部
そうですね。石井さんが指摘された、いわばこう、秘めたるが花というような世界観に関してはイギリス文化にもあったりしませんか。例えばジャケットの裏地とか、普段人に見えないところにこだわってみたりだとか。ブランメル的な、パッと見ではわからないもの、まあお茶文化もそうだと思うんですけれど、一見さんが行って語れる世界ではないですよね、お茶の世界って。そこに類似性というか、結びつく部分はあったりするんじゃないのかなと思うんですよ。
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中野
茶の湯の「抵抗」ですよね。イギリスのアンダーステートメントっていうのもやはり主流に対する抵抗。イギリスの王室の存在って非常に大きくて、王室ってもう紛れもない旧型ラグジュアリーの頂点じゃないですか。それに対する抵抗がイギリス文化を生んできたんですよ。あの王室があるからこそ、マリークワントのミニスカートも権威への抵抗として出てきたし、ヴィヴィアンウエストウッドのパンクも出てきたし。パンクなんて女王陛下にバッテンじゃないですか。(笑) まあ女王陛下の立場から見ると、まあこの人たちみんなわたくしの手のひらで遊んでるのね、みたいな感じだったのかもしれませんが。(笑)
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中野
やっぱり新ラグジュアリーって、抵抗とは切っても切り離せないんですよね。押しつけがましい主流に対して堂々とシュプレヒコールをあげるんじゃなくて、もっと別の洗練されたやり方で、違うあり方もございますがっていうオルタナティブな抵抗をするのが理想です。茶の湯なんかまさにそうだと思うんですけど、イギリス的な、ダンディズム的なラグジュアリーっていうのはまさにそうですよね。ちょっと皮肉を込めて違う言い方をしてみるとかね、まさしくアンダーステートメントで。わかる人同士でニヤっとしてればいいよっていう感じなんですけどね。
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阿部
マスマーケットに向けた戦略ではなく、アンダーステイトメントのアイロニーのなかに「我かくあるべし」という「抵抗」の感情が現れる、ということなんでしょうね。
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中野
そうですね。その継続が多分コンテクストをつくるっていうことに繋がっていくんじゃないでしょうか。
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阿部
地方都市やローカルにポジションをとった時、コンテクスト、あるいは文化を創っていくと言われると、きょとんとされる方はいまだに多いと思うんです。文化は創るものではなくて与えられ、維持保全し、受け継いでいくもので、それが地域の未来を守ることである、と。そこから外れてしまうとそれは文化でもなんでもなく、単なるトレンド、サブカルチャーのような扱いになっていく。あるいはしてしまう。
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中野
その主流文化と、サブカルみたいなものを、まとめてその地方の多様性ある文化としていくっていう、その包容力が大事なのかなと思ってます。地方のサブカルみたいなものって、やっぱり主流がないと生まれなかったもので。だからそこは包摂するっていうのは今的ですね。外部の人がこうした指摘をしてあげるというのも大事かなと思ってます。中にいると分からないですよ。中にいて、ちょっと一回外に出て帰ってきて指摘してあげるとか最高なんですよ。
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阿部
外部からのアクセスが何らかの形で起点となる。そこから始まっていくっていう。
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中野
ツーリズムがこれから意識するところは、そこでもありますよね。
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阿部
地方のシーンは放っておくと、見事にコピー&ペーストになっていきますね。どこかで優れたストーリーがあると途端にそれをコピーして持ってきたくなってしまうんです。そのcopycat的発想。
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中野
日本の教育ですよね。もう。(笑) 本当に教育まで考えなきゃいけないっていう、そこですよね。キレイな模範解答が常に唯一絶対にあるっていうその発想からどうにかしたい。
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阿部
おっしゃる通りです。ちょっと前に触れましたけど、そこに今の日本の、子供も大人も「期待に応える」ことだけが求められ続けていく世界、その雰囲気が重たく重なってくる気がするんですよ。なかなかこう、内面世界からの抵抗、インサイドの深い部分に意識が向いていかない。もちろん期待に応える、そこからコンセンサスを形成することも大事なんですけれど。まあ、自分自身で考えていくっていう話になるんでしょうけれど...。
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中野
自分ひとりで考えるって無理ですよ、やっぱり。考えるのには外からの刺激が不可欠です。自分一人でこう考える、一人になる時間ももちろん大切なんですけども。私の場合、思考は移動距離に比例するっていうか。移動して違う場所で人とコミュニケーションをとることでいろんな考えが増発される。プラス自分の輪郭もわかってくるっていうことが大きいので、移動距離をつくるってやっぱり大事かなとは思います。人でも本でもいいんですけど何か自分ではないものと対話することがやっぱり大事ですよね。
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阿部
なるほどおっしゃる通りです。逆に地方って、割と純血志向が強く出たりしていて。
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中野
ああ、地方の純血志向ですね。
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阿部
これがなかなか悩ましいんですよ。東北地方はどうですか?
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石井
あると思います。若い世代がデジタルとリアル両面から地域の紹介活動をされていますよ。ただ、地方の良さは、オンラインで伝えることもできますが、実際に現地に行っていただくことが、確実に価値を理解して伝搬することに繋がるんじゃないかな。自分のいる場所との距離を感じて、ちゃんとそこに行くこと、身体や五感を使うことがとても大事で、すごく豊かな価値のある体験だと思います。
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中野
本当ですね。確かに地元の人の生活に直接接するっていうのはインプットの量も全然違ってきますよね。